複雑な介護保険の要点を知ろう

介護保険簡単ガイド

介護と上手に付き合うコツ

デイサービスの仕事をされている方に質問があります。
私はデイサービスで働いて、1ヶ月になります。
介護の仕事は初めてなので正直どうやって仕事をしたらいいか分からなく、毎日ぼーっと立っている状態です。
働き初めは職員さんに何をしたらいいか積極的に聞いて動いていましたが、職員さんも働いて一週間になると自分で流れをよんで考えて下さいと言われました。
みなさん結構冷たい感じで精神的にも辛く、もう辞めようかと考えています。
職場の空気自体、私には合わなくて苦痛な日々で、夜も寝れないです。
もうすぐレクレーションも一人でしてくださいと言われましたが、はっきりいって教えてもらってないし、あの空気で職員さんの冷たさの中で大きな声を出し、一人でレクレーションなんて出来ません。
もう辞めたいです。
デイサービスで勤務されてる方はどうやって仕事が出来るようになったんでしょうか?
レクはいつくらいから一人でされているのでしょうか?
仕事場で一人浮いているのに私はあんなレクは出来そうにありません。
恥ずかしいと言うより、絶対無理です。
やっぱり辞めた方が良いでしょうか?
鬱になりそうです。
アドバイスや現在働いている方の経験など宜しくお願いします。

【和便を洋便に】今度イベント開場を借りるんですが、子供用トイレが和便器しかありません。よく介護用品で和便器の上にプラスチック製の洋便器を乗せるのがありますが、子供用はありますか?購入できるURLをお教え下さい。
http://q.hatena.ne.jp/1112843283

将来、おむつの世話にならないようにする手立てはありませんか?
先週始まった、草薙君主演のドラマ、「任侠ヘルパー」を見て、身につまされてしまいました。
高齢者の介護の実態はああなんですね。
効率よく介護の世話をしようとすると、ヘルパー側としては高齢者にオムツを履かせたい。
一方、高齢者の側はオムツだけは履きたくない。
まだ高齢者の介護をしたことがないので、偉そうなことは言えませんが、両者の言い分は両方とも分かります。
介護するのは大変だし、介護される方はオムツなんか死んでも履きたくない。
私はまだ中年ですが、老後は確実にやってきます。
やがて下の世話を自分でできないときも。
…しかし、オムツなんか履きたくない。
かっこ悪いし、みっともないし、情けない。
あんなものを履かせられるくらいなら、そうなる前に死んでしまいたい。
みんなそう思っているのではありませんか?
長生きすることは吝かではありませんが、介護されたり、下の世話を誰かにしてもらわないといけないようになってまで、長生きしたくはありません。
できれば、自動車が運転できる間にぽっくり逝きたいです。
何かよい方法はないのでしょうか?
オムツの世話にならなくて済む方法。
「ボケて、オムツが必要になったら、治療とか薬はいらないから自然に死なせて欲しい」と遺言する。
ぼけてきたら、誰にもそれと分からぬよう安楽死させてくれるように殺し屋に頼んでおく。
かみさんが先に亡くなって、一人ぼっちになって、自分の身の回りのことができなくなったら、いつでも死ねるように練炭だの、一酸化炭素発生装置を準備しておく。
自動洗浄アンド乾燥パンツを開発する。
下世話ロボットを開発する。
寝たまま排泄、下の世話をしてくれる介護ベッドの廉価版を普及させる。
毎日五キロ歩くかランニングして寝たきりにならないようにする。
毎日語学とか勉強してボケ防止に務める。
なんでもいいから、ボケ防止、オムツの世話にならずに済む方法を教えて下さい。
お願いします。

高齢化が進んでいるのに介護職員が増えないこれはこのままいくと、高齢者の孤独死の倍増や、介護福祉そのものが崩壊してしまうと思うのですが、他にも問題はありますか><?
意見文を書くのでなるべく具体的に教えてください!それから、それを解決するためにはどうしたらいいですか??
ネットで調べましたが、自分で調べた資料だけでは意見文が書けないので、よろしくお願いします!
私がいつも感じていることを書かせていただきます。
こんな考えもあるのだとくらいに思っていただければ幸いです。
基本的に、家族が大家族から小家族になり、老人夫婦だけの家族が増えてきたことが根本的な原因でしょう。
そのために介護福祉が必要になった。
そこで介護制度を始めたが、介護をしようとする人が足りない。
さてどうしましょう?
というところが現在の状況ではないでしょうか。
先進国は裕福になったがために個人の自由に対する欲求が促進され、介護における労働の苦痛をお金で解決しようとし、日本のように経済が破綻してしまうと、介護士を優遇する財源が足りないので介護士に負担が集中する。
そのために介護士をしようとする人が足りなくなってしまった。
この現象は「文明に対する依存症」の一つではないでしょうか?
車、テレビ、ゲーム、お金、知識、娯楽等々、麻薬やお酒ではないけれども我々はジワジワと本来はそれほどまでして必要でもないものがなくては我慢が出来ない人間になってしまった。
そういう人ばかり集まった社会になってしまったということに根本的な問題があると言えませんか?
「やや貧困な国」へ行かれると、そこに住む人たちがとても生き生きとして暮らし、貧しさの中にも幸福感豊かに暮らしている光景を目にすると思います。
「行過ぎた先進」より「節度ある人間的成長」のある社会が今求められているのではないかと思うのです。